子供のゆめ [世間話]

子供は非現実的な夢を見て、それを実現可能だと思い努力をする。

大人は夢をみず、目の前にある現実可能な事に時間を注ぐ。

今日のはとっても解りづらいです。俺も良くわかんないっす。


天才的な経済学者のWeitzmanは投資に置ける割引率についての革命的な論文を書いた。
以前ちょっと解説したのでそっちを読んで下さい。
http://housecat442.blog.so-net.ne.jp/2012-09-14
元の論文
http://reep.oxfordjournals.org/content/5/2/275.abstract

さて、これによると、不確実な未来の為に投資をする場合、あり得る中での最も低い割引率を使うべきだと結論付けられている。

つまり、長期で不確実な投資をする際には、現在と未来の価値をなるべく同価値として扱うべきだとしているわけだ。

そして、投資のスパンを短くするにつれて、割引率は最も低い値からはなれて行く。

子供に取って、人生とは長く、将来は遠い。つまり、子供に取っては夢を追うという投資は長期で不確実な物な訳だ。つまり、その投資の割引率はかなり低い物となる。

一方で、大人にとって将来は近く、そのための投資の割引率は比較的高い物となる。

って書いたけど、個人が合理的に投資する保証なんて無いよねと気がついてしまったw

あ、でも大人から夢を追うのはあんま合理的ではないかもって事は言えるか。



えーっとw

よしもう一つ。

Weitzmanの議論はここ数年で幾らかの発展を見せていて、fat-tail issueという物が出て来た。

それは、割引率を計算する時に使う確率密度関数の種類によっては懐疑的な結果が出てしまうという物だ。

Weitzmanの議論を思い出してみる。

割引要素の期待値を求めて、ロピタルの定理を使ってみると、最小の割引率が出ると言うもの。

期待値を計算する時に、もしt-分布の様な確率分布の端に厚みのある分布を用いたらどんな事が起きるのだろうか?

確率分布の端とは、起りにくい事象の確率を表す部分であり、地球温暖化を考える時には最悪の事態の確率を表す部分という事になる。

地球温暖化がもし人類の文明を破壊し、絶滅しうる物であるのならば、それを差し止める効用は無限という事になるだろう。U' = ∞

さて、もしこのfat-tailを使うと、この一見あり得そうにないケースを期待値の計算に含めることになる。

つまり、w*∞ = ∞ を期待値の計算に入れる事になる。確率wがいくら小さくても0で無い限りは期待値が∞になってしまう。

(0.01%*∞ + 99.99% * 0)/2 = ∞

よってfat-tailを使った計算は望ましくない。

Thin-tail(例えば正規分布)を使う場合、U'=∞の確率は0となるので、計算結果は何らかの意味を持つ事になる。

不確実性を扱うケースの場合、サンプル数が少ない時に使うt-分布は望ましくなく、正規分布の方が事実に近い物となると考えられる。


で、もし人間が確率分布とかを使って判断とかしているんだったら、確率分布の形はサンプルサイズによって変化して、そのサンプルサイズは恐らく経験って事になるんだろうなと思うんすよ。

子供は経験が無くサンプル数が少ないのでt-分布つまりはfat-tailを持っている。
だから何にでも希望を抱くし夢も見る。だって期待値が高いんだもん。(あり得なさそうな事象の確率を高く見積もってるから) もしかしたら∞ナノかもしれない。
けど、年を重ね、大人になるにつれてサンプル数が上がり、段々とthin-tailになって行き、あり得なさそうな事や、夢に希望を抱かなくなる。

だから今までやって来た事の続きの様な可能性の高い部分に注目する。

うーん。チーズ。
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専門性という夢。 [世間話]

先日友達とskypeで喋った時のトピックが専門性についてだった。

多分僕はソコソコに専門性のある人間で、そこを除いてみれば多分残るのはゴミみたいな人間性と汚い部屋位だと思う。

そういう特徴のせいか、良く「専門性が欲しい」という相談を受ける。

えー、いやさ。欲しいのは良いけどさ、自分でどんな専門性が欲しいのか決めてから話をしようよ。

専門性の定義をすれば、自分の比較優位がそこにある状態になるのかな?

じゃぁさ、比較優位を生み出す為には何が必要なのかな?

当然そこを修練する為の時間でしょ。(あとは、効率を確保するだけの頭。これは外から持って来ても良い。)

つまり、専門性を得たかったら時間を投入すると言う条件が必ずクリアされなければならない。

さらに、比較優位であるからには、他の人よりも時間を投入する必要がある。(もし、効率が同じであるなら)

という事は競争者の数に比例して投入する時間も多くなる訳だ。

じゃぁそんだけの時間を投入するインセンティブは何処から発生するのかな?

専門性のメリットをPとして、費用を投入時間Tの関数C(T)とする。

P-C(T,a)=インセンティブ

となる。専門性のメリットは人によって違うんじゃね?という議論も出来るけれども、恐らく強い憧れを持っているとかでなければ大して差はないと思うので定数と置く。

で、個人間でインセンティブの大小を変化させているのは費用関数という事になる。

例えば好きな事に時間を投入すれば費用は低い物となる。嫌いなら大きい。

つまり、ある専門性を好きか嫌いか?という選好性(a)によって費用が変わってしまう訳だ。(当然家庭環境とかも入り得るけど)

で、専門性をどれにしたら良いか解らないというのはどういう状況なんだろうか?

それはつまりどの専門性のインセンティブも大して高くないと言う状態なんだと思う。

P_i - C(T,a) = I_i
I_i = I_j < 他の行動のインセンティブ

というかさ、今までやってこなかったって事は専門性への投資がそんな魅力的では無かったって事なんじゃないの?
そこで大きな変化、例えば何らかの理由でaが跳ね上がるとか、環境が変わって時間が余るとか、が無いのであればそれはインセンティブが低いままなんじゃないの?
その条件下で専門性に時間を突っ込んでも不幸になるだけだと思うんですが?


えーと、まとめるとだね。
専門性を得る事というのは他の人との競争になる。
よって時間の投入量と効率が必ず要求される。

専門性の選択で迷う人は、専門性を得ようとする事を止めといた方が良い。
多分競争に勝てないし、その時間を別の事に使う事でもっと幸せになれる。

あとさ、もし専門性のインセンティブが他の行動より大きいなら、多分勝手に活動を始めると思うんですよ。
だから専門性がうんたらとかいう時点でかなり専門性からは遠い、つまりは専門性獲得までに要求される投入時間量が多い、のかと思います。
で、その投入量を確保する為には大きなインセンティブが必要で、それは選好性aに由来する。
で、aが大きいのであれば勝手に活動を始めるはず。

1. now
P-C(T,a) = I < other (indicates T = 0)

2. future
P-C(T,a) = I > other (require large increase in T, if a is constant)

T=T(a) T is a function of preference,a.
so that large T requires some level of a.
However, a is exogenous variable. ( you cant chage it by your self.)
Consequently, T will not be increased unless a increased by shock.

3. as a result
if there is no shock on a
P-C(T,a) = I < other (indicates T = 0)

つまり、aに何らかのショックが無ければこの堂々巡りを抜ける事は出来ない。
多分Pもaの変数で、そのようにモデルを変えても同じ結論になるかと。




ただ、人を使う側はこれとは全く別のメカニズムを持ってる。
会社にしてみれば、その人が働く事によって会社が得られる利益はその人の能力の関数になる。

P(q_i, T) - W(q_i)*T = π(profit)

q_i は分野iにおける能力。高い能力はより高い利益を生み出すと考えられるので、Pとq_iはconcave functionだと考えられる。(非線形で増える。)
Tは労働時間。
賃金Wも能力に比例して上昇するが、上昇はPよりも低い。(もしかしたら線形かも)

つまり、会社にしてみれば働く人がより高いqをどんな分野で持っていても得をする。



あーそうか、ナッシュ均衡なんだね。これ。
会社が雇う為にはある程度の能力が必要になるから、それを付ける為に専門性を持とうとすると。
だから本当は皆が自分の選好性に基づいて専門性を得ようとしなければ皆が幸せになれるから、専門性なんか追うなと書きたかったけど書けないじゃんw

えーうー、うーん。

そーなると、高校生位までに好きな物がはっきりしているという事がとても価値のある事の様に思えるんだけど。
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見える背中。 [研究]

最近少しずつ、教授達の背中が見える様になって来た。

1年前に修士を始めた時は誰がどんな研究をどのような手法でしているか?というのは中々解らなかった。

けれども今ならもっと色々な事が解る。

何でモデルが必要なのか?(事象を数学的に記述する事で客観的な分析を可能にする)

何で統計が必要なのか?(モデルと言う抽象的な物が、データと言う事実と繋がっている事を示すため。言い換えればモデルが現実を説明しうるという事を示すため。)

それらが上手く作用しない時はどうすれば良いのか?(モデルを弄ってみたり、データ分析の手法の問題を解決したりする。若しくは違う視点でモデルを作り直してみたりする)

そしてそれらを使いこなせるとき、分野という枠組みは意味を持たないというのもこの1年で解った。


モデルと統計分析の難しさの程度に違いはあれど、基本的には(うんこな研究を除けば)全てこのプロセスで成り立っている。

そして一番の難所がモデルを作る所にあるのも解った。

でもモデルを作るのはつまらない作業ではない。

レゴで何かを組み立てるのと同じ楽しみがあると思う。

自分が勉強した事によって手に入れた数学の知識がブロックとなって、それらを組み合わせる事によって現実に近似したモデルを組む。

1週間程前から教授と車の需要についてのモデルを作り始め、今日そのひな形みたいな物が出来た。

別に目新しいモデルじゃないし、モデルそのものには特に価値はない。そのモデルを分析して変数に付いて解いた物にちょっとした意味がある。

それを使ってどんなデータを分析するべきなのか?とどんな結果が予想出来るか?を明らかにした。

後はデータを待って、その結果通りに分析をしてみるだけだ。

もしその結果が予想した物でなければ、またモデルを考え直す事になると思う。



多分俺はこのモデルを自分一人で作れと言われても作れないと思う。

でも、そう遠く無い未来に置いては作れると確信した。

あと、これで飯を食って行ける様になればとても幸せだろうなって事も再確認した。

この1年間はひたすら学校で生き残る事に必死だった。
けど、気がついてみれば生き残れているし、自分の欲しい物も手に入れる事が出来ている。

今年は堂々と日本へ帰れそうです。
帰ったら遊んで下さい。
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曖昧さ [世間話]

aとbの間で情報をやり取りする。

aの中にはxという情報が内包されていて、それをbに受け渡す時にそれを受け渡し可能な状態へと変換する。

よってaとbの間を行き交う物はf(x)という関数になる。

この関数をbは受け取り、それを解釈する。しかし、ここでf(x)が必ずしもxに解凍されるという保証は無い。

もしかしたらyという形で解釈するかもしれないし、x+3とかになってるかもしれない。

この関数fは言葉と呼ばれる物で、それは人それぞれ違う。同じ事を説明させてみたら皆様々な言葉で説明しようとするはずだ。

そして、もしf(x)の解凍方法(逆関数)が、その人の言葉の逆関数なのであれば、解凍方法も人それぞれと言う事になってしまう。

じゃぁ説明が上手というのは一体どういう事なんだろう?

説明が上手いという定義を「説明を聴いている多くの人が理解出来る状態」とする。

理解出来るの定義を「聞き手(b)がより正確にxを手にすることができる状態」とする。

あわせると、

「複数の聞き手が、説明f(x)からより正確にxを手にすることができる。」

となる。

じゃあ一体どんな方法を用いればこの条件により近づく事が出来るんだろうか?

取り敢えず思いつくのは、相手の言葉の関数を推定して、上手くxが結果として残る様な説明f(x)を与えるというもの。(f(x)は自分で自在に変えられる物としましょう)

でも、これは個人には使えても集団には使えない。恐らく家庭教師をやっている大学生とかはこの辺が限度なんだと思う。


で、これを集団にするためにはまず集団の言葉の関数を推定(推測)する必要がある。

そして、それらの関数の共通部分を上手く用いてxに近い結果を出すしか無い。

ほかに何か方法があるんだろうか?あ、でも上で出した定義とかが間違っていれば全然あり得るよね。

ちなみに、この集団に対して最適なf(x)を選択するという所にも最大化、若しくは最小化問題があるかと。
えーっと、これ。 min ∑(x-y)^2
yが理解の結果で、yとxの差異を二乗して最小になる様に解けば、最適な説明が得られます。
この時 y_i = g_i(f(x)) となる。

それぞれ(_i)の理解は、それぞれの関数(g_i)に基づいて行われる。
と言う事で以下の最小化問題にまとめられる。
min ∑(x - g_i(f(x) )^2

まぁ計算なんかしなくても分かる結果が幾らかある。
1. 恐らくある程度の人数を切り捨てて説明を行った方が、結果は上昇する。
2. g_iの分布が狭い方が上手く最適化出来て、切り捨てる必要性も薄れる。
3. 人数を増やす程、平均での理解度は落ちる。(多分、これちょっと計算してみないと確証ないw)


でさ、これが現実的に当てはまりそうな問題ってなんだろなー?って考えてたんだけれども、教育以外にあるかな?

まぁいいや、教育に当てはめると、(教師が説明度合いを自分で設定出来るのであれば)成績別で学校やクラスを変えた方が全体としては良い結果が出るし、切り捨ても少ない。
クラスの人数を減らすとコストが上がるけれども、教育の効果が高い。のでどっかに最適サイズがある。
うん、あまりにも普通なんだよねw
これで具体的な数字が出せて始めて普通じゃなくなるんだけど、データないしね。

後は塾とか一般教材とかにも言える事だね。やっぱ教育。うーん。

まぁ良いか。論文読もうw
本当は違う話書くつもりだったんだけどなぁ。

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地球温暖化とかのお話。 [世間話]

今学期は本当に地球温暖化関係の事ばかりやってます。

僕の意見を明確にするとですね。

まず個人としては、結構懐疑的。

二酸化炭素が原因ってのもどうなの?って思うし、温室効果ガスが溜った時の影響なんかもどうなの?と思う。

それをどうやって解決するの?って議論をした時には温室効果ガスの削減よりも効率の良い方法があるでしょうよと思う。(例えばgeoengineeringとかね)

だけれども、経済学をやっている身としてはこの部分について考える事は止めないといけない。
なんでかっつーと、経済学ではこの真偽が解らないから。

じゃぁ経済学でやる事って何よ?というと、政府がこの問題を解決しようとした時に一番コストが少なくなる様な方法を考える事なんですよ。

政府が地球温暖化は起きていて、二酸化炭素が原因だからそれをこのくらい減らす。と言ったならば、それを最安で実現出来るプランを建てるのが経済学者のやる事。

だから今学期は個人としては疑いながら(というかだからこそなんだけど)地球温暖化を安く解決する方法に付いて分析していた訳です。


どの程度温暖化を緩和するべきなのか?と言う議論では割引率が非常に重要になる。で、それは9月に日記を書いているのでそっちを読んで下さい。
http://housecat442.blog.so-net.ne.jp/2012-09-14

ちょっとまとめておくと、温暖化を緩和して得られる便益以上にコストを支払っても損するだけなので、便益の計算をきっちりする必要がある。しかし、便益は未来の話なので、割引率を用いる必要がある。ただ、この際効用を割り引くのでラムゼイルールを用いて割り引く。
適切な割引率はWeitzmanのuncertainty approachによると、起こりえる最も小さい値になる。



ゲーム理論を使った京都議定書の分析も結構面白かった。

地球温暖化はグローバルな問題なので、どこかの国が問題解決の努力を行えばその恩恵を何の削減努力も成しに得ることができる。

つまり、フリーライダーのインセンティブがある。

すると幾らかの国に取ってはコストを支払う削減から得られる利益よりもフリーライダーによって得られる利益の方が大きくなる。
それらの国は京都議定書等の枠組みには参加せずに、フリーライドして参加国の削減を享受する。



二酸化炭素排出に税金が掛かった状態に置ける企業間の協力ゲームとかも面白かった。

CO2 taxがあると、taxよりも低いコストでCO2を削減出来る方法があるのであればそれを実行する様になる。
なんちゃらコンバーターを装着するとか、燃費を上げるとかそんなの。

そういった選択肢の中に、他の企業と協力するという選択肢もある。
技術協力だっていいし、輸送手段を合併するのだってあり。(というか良くある)

こうすることによって、他の方法より幾らか安くCO2を削減出来るので利益が上がる。
しかし、その利益をいかにして分配するのかが難しい問題となる。
例えば3社で協力した時に、C社が参加することによって得られる追加の利益がわずかな物しかなければC社に割り当てられる利益は些細な物にしかならない。
会社の数が多くなれば、他の会社と比較されて受け取れる利益の量に格差が生じる。




あとCDMの話とかも面白かった。

先進国が後進国で削減活動を行ったらその分だけ排出権を貰えるよという枠組み。
当然後進国の方が削減しやすいので、コストも低くなる。これは素晴らしいかと。ただ、あまりにも皆がやりすぎたので、最近では排出権の値段が崩れてしまってる。
EUなんかはこの値段を上げる事に興味があるのだけれども、どーするんだか。税金でも掛ける?
結構アリだと思うけど。



で、10月の終わりからはひたすら車の話。
EUでは新車の平均二酸化炭素排出を2020年までに95g/kmにしようという目標があって、それを各会社がどうやって達成しようとしているのか?とか。

ノルウェーは85g/kmが目標で、それを税金によるインセンティブで達成しようとしているのだけれどもどのくらいの税率にするべきか?とか。




ちょっと話が飛ぶのだけれども、今学期を通してすごい不満に思った事が一つ。
何で環境系の団体ってこういう事話さないんだろうね?

学部にいた時にこういったトピックに興味があってそう言ったサークルや団体やらに所属して、こういったトピックに関してぺらぺらと喋ってる友達が結構いたけれども、誰一人としてこういった話はしてなかった。

とりあえず要約すると、みんな文明的な生活を如何に石器時代に戻すかって話をしていた。あとちょっと再生可能エネルギーとか。

僕は正直に言ってこのトピックではそんなにやって行きたく無い。
個人的な見解の話もあるけれども、政策が政治で決定されていて社会科学や自然科学の入る余地がないからだ。
いや、ミクロレベルで観れば税率の計算とか現状分析とかあるのだけれども、マクロの流れを自然科学で決定付ける事は出来ない。

多分1、2年くらい経ったらまた違う事を考えてるのだろうけれども、今はやっぱりそんなに興味は無い。
ただ、問題を理解して、それをモデリングして、どうやったらそれが解決出来るかを考えるのが好きな経済学者に取っては面白い問題なので、さじは投げない訳だけれども。。。
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キャピタルアセットプライシングモデル と 先物。 [経済学]

最近キャピタルアセットプライシングモデル(CAPM)と先物市場を勉強し直したので復習の為にまとめとこうかと。あ、それぞれの関係性についてとかはパスでw
別にファイナンスが専門ではないので結構しんどいなと思いながら書いてますw

CAPMとは、投資する時に使う割引率を投資リスクに見合って帰るべきでしょうというモデルです。

モデルは

r_i = r_f + ß(r_m - r_f)

r_i :投資iに使うべき割引率。
r_f :リスクフリーレート(リスク無しで得られる投資収益率。普通は国債の利子率とかが使われる)
r_m :マーケートレート(マーケットの商品全部を買った時のリスク)
ß :投資iのリスクとpure market risk(マーケットリスクからフリーレートを差し引いた値)の相関。

このモデルの仮定が一つ。
投資を行う側は資本が充実していて、ポートフォリオをちゃんと組んでいる。

この仮定を以下の様に解釈することができる。
マーケットリスクとは関係のないリスクは、様々な投資を行う事によって打ち消すことができる。
例えば円高になると収益が下がる様な物に投資する場合は、円高で収益が上がる商品にも投資しておけば為替によるリスクは無くなる。

よって、市場全体のリスクとは関係のないリスクはこの仮定下では一切考える必要は無い。
なので、リスクフリーレートに、商品のリスクのマーケット全体のリスクと相関のある部分を足した物で主益を割り引くべきだ。と言うのがこのモデルの結論。

こいつは石油業界でもしょっちゅう使われてる。(だから俺が勉強しないと行けない訳なんだけれども。)

例えば、どの油田を開発しようかと考えると、様々な不確実要素(リスク)が挙ってくる。
国の資源に対する税制や、地形、政治的安定性に資源価格なんかがある。

国の税金は利益に課税するか?収入全てに課税するかで大きく違う。もしかしたら、国は税率を上げてくるかもしれない。

地形はコストを左右する。更なる調査によっては採掘コストが高くなる事が解るかもしれない。

もし政府が弱く、転覆する可能性があれば油田が新政府によって国有化されるかもしれない。

そして資源価格は予想が不可能だ。

最初の三つはマーケット全体のリスクとは関係がない。よって、もし石油会社が大きな物であれば、他の油田に投資する事によってこれらのリスクを打ち消すことができる。

しかしながら、石油はグローバルマーケットが形成されているので、どの油田も同じリスクを持っている。よってこのリスクは打ち消すことができない。
と言う事で、石油価格のリスクを上のモデルのr_mに代入して、CAPMを計算して出た結果でこの油田への投資を割り引けば良い。



と言うのがCAPMでした。

今いるNHHの教授(もう亡くなった方なんだけど)Jan Mossinがその発案者の一人なので、やたらと授業で出てきますw

他の発案者であるWillian SharpはこのCAPMでノーベル経済学賞を貰ってます。何でJan Mossinは貰えなかったんだろ?最初ではなかったのかな?
まぁ相当悔しかっただろうなぁと勉強してて思う今日この頃。



よし、先物。

日本人が先物って聞くと投機というイメージばっか湧くんですが、先物はリスクを減らす為の物です。
あと最近出て来た金融派生商品で、とてもけしからん見たいなアホな事言う人結構いますけど、割と前からあります。

先物で取引されるのは、未来に置ける商品です。
あれですね、値段を全額今のうちに払っておいて商品を予約しておく訳です。

例えば今日の石油の値段が1バレル100だったとして、1年後の先物を1バレル分買う。
期日が近づいたら、同じ期日の先物を1バレル分売って上の先物の注文を相殺する。
先物の価格は期日が近づくと実物の価格に収束するので、このときの売り注文は今の値段と同じになる。
もし今(1年後なわけだけど)の値段が110なのであれば、去年の支払い100を差し引いても手元に10残る。

つまり、石油の値段は100から110へと1年かけて上昇したのだけれども、先物を去年買って今年相殺した事によって得た利益10がその分を賄ってくれるので、結果的に石油を1年後に同じ値段100で買えた事になる。


もし次の年の値段が1バレル110だったなら、上昇分の10を支払わずに済む。
もし値段が90だったならば、相殺時に10を失ってしまい、結局100を支払う事になる。つまり損してしまう。ただ、これによってリスクは避けることができる。

もし値段が倍になってしまったとしても先物を買っていれば多大な損失を被らなくて済むのは非常に有り難い。
だから今日では様々な商品が先物で取引されている。




石油で先物を話すと必ず出て来るのがconvenience yieldとstorage cost.

石油精製会社を想定する。
精製会社は将来に置ける価格リスクを二つの手段でヘッジすることができる。
一つは上で書いた様に先物市場を使う。
もう一つは今買ってタンクに貯めておくという手段がある。しかしこの場合は保持費用がかかる。(strage cost)

しかし、実物を手元においておく事によるメリットが幾らか存在する。そしてそのメリットはconvenience yieldと呼ばれる。
もし、次の年に急激な情勢変化なんかによって石油の供給がストップすると、市場の値段が高騰し、最悪石油を手に入れられない可能性が出てくる。
そう言う事態に置いてはタンクに石油を貯めておく事が助けになる。(そして莫大な利益のチャンスにもなる)
若しくは、何かしらの理由で精製後の商品の需要が急激に高まるかもしれない。そう言った場合には石油が手元にあった方が早い対応が出来る。

これらは”かもしれない”という可能性でしかないが、それでも備える事に幾らかの価値がある事は確かだ。その価値をconvenience yieldと呼ぶ。

じゃぁ先物市場と貯めておくのどっちが良いのだろうか?
答えはしりませんw

一応どっちでも良いんじゃねーの?ってことになってますw
誰かファイナンス専門の人教えてw

ただ、両方が同じ価値を持っていると仮定すると、

F=P(1+r) - K + C

Fは先物市場価格。
Pは現在の価格。
rは利子率。
Kはstorage cost
CはConvenience yield.

(1+r)は機会費用。もし銀行にP分だけお金を入れておけば(1+r)倍になって帰ってくる。
Kはタンクの使用料金とか。

と、まぁこんな関係性ですよと言う事が言える。

もしFがPより大きいのであれば、C-Kが大きいと言える。

もしFよりPが大きいのであれば、C-Kが小さいと言える。

Kが短期で変化する事は考えにくいので、時系列でこれらの流れを追うと、Convenience Yieldの大小を理解することができる。

例えば、過去10年を見てみると結構面白い。
データとグラフどっか行ったからここではうpしないけどw





復習おわり。




よしよし、何も見なくてこのくらい書ければおっけーだな。

ノルウェー人3人ノーベル経済学賞取ってるんだね。そしてそのうち2人がNHHと関係ある人なんだね。
現役教授でないのが残念だけどw

なんか金融系って頭良いなぁと思うけど、あんまりエキサイティングじゃないんだよね。

あと頭の使い方がちょっと経済学と違う気がする。

経済学はごちゃっとした中からモデルを使って規則性を見いだして、物事を理論で見ようとするけど、

金融はなんだろ?ツールを作る事が目的になっている気がする。

良いツールを作ったらむっちゃ儲かったり人の役に立ったりするのは解る。でもやっぱ面白くは無いかな。
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昨日のお話とまぁ色々と、電車の中で考えて決めた事。 [研究]

無事全ての行程を終了して、昨日電車でベルゲンまで帰ってきました。

電車で帰るのかよwという突っ込みを教授から貰ったのだけれども、電車です。

いや、飛行機のセキュリティーチェックとかすごい嫌いなんですよw



朝6時くらいに悪夢で起床。
というか、多分自分の怒声で起床。産まれて始めてそんな事しました。

そのままベットの中で1時間くらい考え事して7時にシャワー。
CNNがやってたので、アメリカの選挙の結果を見つつ、半から朝食。

ビュッフェ形式の朝食で食べ過ぎる人なので、当然食べる。
スモークサーモン美味かったなぁ。

で、8時55分に教授と合流してそのままOFVへと向かう。
ちなみにここ。
http://ofvas.no/

その間に更に朝食を渡される。お腹いっぱいっす。

車と交通に関する正しい情報を促進するという団体で、国からの研究とかデータの収集とかを委託されるらしい。

今までのメールではそんなに協力的な感じではなく、データも渋られているっぽかった。

が、ここでグンナー教授が演説っぽいプレゼンを始めるw

あちらさんは車専門なので、取り敢えず地球温暖化と車の話から入って、現行のノルウェー政府が電気自動車を推している状況なんかについて話して行く。

そしてさりげなく税金なんかの話をしながら準備を整えて、今後どんな政策があり得るのかというお話をする。(相手が興味あったから)

で、データをくれたらこういう研究が出来るよというお話を始める。
内容自体は今やってる事と、先日電車の中で話した事と飛行機の中でニヤニヤした事。

今やってる事は
1. 車の性能から税金を計算する事
2. それらの車の売り上げを計算する事
の二つを必要としている。

で、この辺を説明して、今のプロジェクトを超えて研究出来る事があるという示唆をする。
(それはここではないしょ。)
この説明を終えた瞬間、相手は目を輝かせて。是非やりましょうと言い始める。

え、なんで?w

なんかもう態度の変わり様が面白かった。
教授が条件さえ整ってしまえばPhD2,3人動員すれば研究出来ると言ったので、
このテーマで研究するのならPhDに補助金出すとまで言い始める始末w

長期的な協力体制が整った所で(その長期に俺が含まれているかどうかは解らないのだけれどもw)、
目下のプロジェクトをどーするかを考え始める。

いやね、

参ったよ。

まぁパネルデータを扱う事にはなるでしょうねと思ってたのね。
で、データ整理しないといけないけど、ノルウェーの車の種類って3000くらいでしょ?とか思ってたのね。
でもね、くるまって同じモデルでも別々のオプションで販売されるんだよね。
で、売り上げデータもそれぞれ別々だし、性能も別々なのね。
だからさ、クロスセクションの次元が15,000くらいあるんだって。
15,000と15,000のデータセットをコネクションしようって思ったらどーなるんだろうね?

登録番号とかあるんじゃねーの?それであわせれば良いじゃんと考えた鋭いそこのあなた。
あるんだけれども車のモデルごとで、オプションごとにはなってないからそれ出来ないのよ。

と言う事で何らかの簡略化の措置がとられる事に。
おそらく、平均を取るんじゃないかなという話になりました。

よし、もうどうにでもなれw
多分今の時点でこの教授のおかげでPhDに行ける可能性はかなり高いから、試験は知らんw
取り敢えずこっちで褒められる様に頑張る。


データの話が終わった後、都市経済学の話になって、交通と都市の話を結構した。
やっぱ経済学の良い所は何にでも首を突っ込めてそれっぽい話を出来る所だよなと思った。

その後はオスロのオタク趣味な店とか服屋を回ったけれども特に欲しい物が見つからずそのまま電車。
服はサイズあわせるのが難しいので気に入ったものがあっても買えないケースが多い。
俺がもう少し痩せれば良いのだけれども。。。
あと欲しい鞄があったのだけれども、部屋と学校の往復程度でしか使わない事を考えると思い切れなかった。



僕が今使っているiPhone3Gをかったのは恐らく2009年の3月くらいで、それから事あるごとにメモ帳に日記を書き込んでいたのね。
で、そいつらを電車の中暇だったので読み返してたんですよ。

今読み返してみるとすごい恥ずかしい物ばかりだったのだけれども、
こんな事が出来たら良いな!って思って書いていた事が結構出来てるのに驚いた。

そして実は3年も前にサーモンの事を考えていた事が解って驚いた。

今も別の場所に色々書いたりしている訳だけれども、3年くらい後に見直してまた驚けると良いな。
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始めての [研究]

始めて出張みたいな事をしました。

今日はリサーチアシスタントの為のミーティングでオスロに来ています。

基本的には教授のおまけです。
とりあえずどんな一日だったか書いておこうかと。



朝5時くらいに起きてシャワー浴びて朝ご飯食べて、

6時にベルゲン市街から空港バスに乗って、

6時半過ぎに飛行機にチェックイン。

コーヒーを飲みながら資料を眺めて、グンナー教授と合流。
因にグンナー教授のプロフィール。
http://www.nhh.no/en/research---faculty/department-of-finance-and-management-science/for/cv/eskeland--gunnar-s.aspx

コーヒーとパンを食べながら、会議への準備を始める。

基本的には教授がアイデアをぽんぽん発言していって、俺が聞いて、たまに今までに読んだ資料の中と食い違っている点なんかについて詳しく聞き直す。

そしてここで理解する。この人今日の会議の相手から送られて来た資料全く読んでねぇwww

この辺で話した事は、

何でCO2の排出量に対する税金がconvexなんだろうね?とか、
CO2排出量に対する税金の大きさって他の税金に対してどのくらい?とか、(ノルウェーではどの車でも払う税金の額の3割程がCO2。)
電気自動車の優遇政策についてとか。

ボーディングが始まったので列に並びながら世間話。
卒論の担当教授の話とか、アメリカの選挙の話とか、卒論のトピックの話とか。
実は卒論のトピックがこの教授の修士論文の内容と非常に似ている事が判明して盛り上がる。

俺の論文は、ノルウェーに置けるサーモンの養殖に周期性があるかどうか?
値段が高いと生産を増やして、2年後に出荷増を受けて値段が低下、それを受けて生産を減らして、2年後に出荷減を受けて値段が増加、それを受けて。。。
というお話。

グンナー教授は海運会社の投資に周期性があるかどうか?について研究してたらしく、サイクルが20年周期だった事以外は大体同じだそうな。

この話から、周期性が他の産業に適応出来るかを考え始める。
多分航空会社はあるんじゃないかな?と。あと鉄道。
っていうか労働市場とかもそうなんじゃね?とか色々。

飛行機が離陸した辺りでなんかアイデアが降って来たらしく、CO2の話に戻る。
現状ノルウェーでは重量と馬力とCO2に税金がかかってるんだけれども、それらは全て相関している。そりゃそうだ、馬力が高ければ燃費が悪くなるし、重量があればより多くのエネルギーが必要になって燃費が悪くなる。
じゃぁ結局の所CO2排出の税金一本にまとめられるんじゃないか?と言うのが降って来たアイデア。
面白いアイデアなので取り敢えずサポートしてみる。一方で教授は駄目そうな理由を探してみる。
面白い結果が幾らか見つかったのだけれどもここでは内緒。この辺で2人でニヤニヤしてた。


そしてサーモンファームの話へ戻ってくる。
卒論の続きの研究とか考えているのか?と聞かれたので、手持ちのアイデアを幾らか伝えてみる。
特に盛り上がったのはサーモンファームの周期性と環境問題の関連性とそのモデル化。(まぁ環境経済学の教授だしねw)
サーモンファームに置ける環境問題(養殖されたサーモンの脱走による生態系の破壊とかサーモンの病気とか。)の規模や起きる確率はサーモン密度(人口密度ねw)と相関がある。(はずw)
で、サーモンの養殖に周期性があれば、生産量を多くしている時には環境問題が起きやすくなる訳で、そしたらその辺に何かしらのトピックが落ちているでしょう。なんて話をした。
まぁそりゃトピックはあるだろうけど、問題となるのはそうした物をどんな政策をどうやって使って制限するか?になるから、その辺を準備しておきなさい。と釘を刺される。

はい、肝に銘じます。あとそのアイデアをPhDのリサーチプロポーサルに頂きますw

離陸して10分くらい経ってPCが使える様になったので互いにPCを弄り始める。
俺はツイッターでちょっとつぶやいた後にまた資料を確認する。

着陸前にPCを片付けてする事が無くなったのでまた話し始める。
良く授業でマルクスについて触れるので、ちょっとマルクス経済学について聞いたりした。
取り敢えずモデルとしてはそんなおかしく無い発想だけど所得分配の発想はちょっと。。。みたいな反応だった。

たぶん飛行機の中はそんな感じ。

で、9時半頃に電車乗って、その間はミーティングで会う人達の説明。
Transportøkonomisk institute(国土交通省みたいなもんかな?)って所の人2人と、コンサル会社の人2人。

その後はちょっと長期の話。もし今考えている政策を実行したら、生産者側はどんなリアクションをするんだろう?みたいな。
取り敢えず今は需要側の事しか考えていないのだけれども、当然生産者側にも影響があるはずで、それをどうやって推定するかとかも考えんとねと。
えーComparative staticsっすか。(sensitivity analysisともいいますね。多分)
実はあんまりあれ良くわかってナインですよねぇ。

とは言えないのでw



ですよね!やりましょう!とか適当な事言い始めるw(そして心の中で「俺の卒論の後に」とも小さく付け加えて。)

でも、もし望んでいるデータセットが手に入るのであれば、絶対に何か面白い研究が出来るはずなので、アイデアはキープしておきたいな。


後はTransportøkonomisk instituteに付くまで世間話。オスロの話とか日本の話とか。

10時過ぎに到着して早速ミーティングが始まる。
取り敢えずはTøiの2人が今手元にあるペーパーとかで重要な情報について説明し始める。(グンナー教授が読んでないからw)

で、恐ろしいなと思った事は。
そこで聞いた話から、少なくとも俺には穴がないと思えるアイデアを打ち出す事や議論が出来る事。
いや、こういうのを頭が良いって言うんだろうねw

うーん。あれできるかなぁ。うーん。
なんつーか理論がちゃんと頭に入ってて、普段から使われてないと無理だよね。

関係ないけど、ノルウェーが過去に行った増税の影響のグラフとかがとても面白かった。
駆け込み需要が見事にグラフに現れているのとか始めて見たw


あとは、2020年の色々な予想のグラフとかが会ったんだけれどもこの辺は内緒。

で、昼食。
昼食を選ぶ間にコンサル会社の2人のうちの1人と喋っていたのだけれども、海藻の養殖の話で盛り上がる。
違うプロジェクトで海藻の養殖をして、ジェット燃料をバイオフュールとして生産しようとしている話を聞く。
なんか面白そうな研究知ってる?と聞かれたけど、残念ながら。
やっぱアイデアが頭の端にあるのなら論文くらい読んでおいた方が良いのかもね。
ここでなんか面白い事言えたらなんか美味しいチャンスとか回って来てたのかも。

昼食をとりながらミーティングは続行。
この辺から集中力の低下を感じ始める。教授の喋りも切れが足りなくw
ただ、データの話とかが出て来たのでフォーカスを戻す。
どうやら車のスペックデータは思っていたのと違う形であるらしく、計量分析を可能にする形にするためには恐ろしい時間が掛かるっぽい。
と言う事で、なんか別の方法ないのかな?という流れに。
なんというか、自分の仕事が減るのは嬉しいのだけれども、給料貰ってるのにそれで良いのだろうか?といういかにも日本人的な発想を頭にあるのを認識しつつ、やっぱり仕事は少ない方が良いからそれを済みに追いやる。
まぁ全体を代表出来る様なサンプルを抽出するのが現実的かな?

コンサルの2人の飛行機の時間が迫っていたので、そっちの方を先に終わらせる。
その後場所を変えて、4人で人参を齧りながら続行。
50くらいのおっさん3人がバックスバニーみたいな持ち方で人参を持って、ぽりぽりしながら政策をどーするとか話しているのはとても滑稽w
そして必死にノートを取りながらぽりぽりしている俺も滑稽なんだろうねw

で、ミーティングは終了。

その後は解散して、俺は買い物。
でもなんか欲しい物がなかったので結局ホテルでブログを書いている始末。




明日は朝9時からセントラルステーションの正面にあるFLOだったかそんな感じの名前の所とミーティング。
データをくれる所なのだけれども、なんか渋っているらしく、取り敢えずどんな形のデータなのかとかを良く聞く。





いや、あのね。楽しかった。
多分人生一番レベルで楽しかった。
こんなにドキドキした事ないし。
こんなにわくわくした事ないし。
あとかつてこんなに経済学を駆使して会話した事は無かった。

大学入ってから理由は何であれずっと経済学と英語を勉強して来て、理由は何であれそれを止めずにいて、それを遂に全力で使う日が来たと言うのは非常に。。。なんだろ。上手い言葉が見つかんないです。

嬉しいし、楽しいし、誇らしいし、あと何か。


ちょっと前にノーベル経済学賞を取ったポールクルーグマンは、学部生の時に政策に関わる様なリサーチアシスタントをやって25歳の誕生日を迎える前に生涯を通じての研究テーマを見つけたそうな。

俺は今25になって、やっと同じ様なリサーチアシスタントのポジションを取ったばかり。
そしてまだ生涯を通じての研究テーマと呼べる様な物は見つかっていない。

うーん。PhD中には見つかると良いな。

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こーなーそりゅーしょん [世間話]

確実に何回も書いたトピックなのだけれども、特に書く事ないのでもう1回。
あ、あと書いてある事の正確さ云々とかが恐らく無いであろう事は先に言っておきますw


非線形の制約条件付き最適化問題を解く時、答えを探し始める場所によって得られる解が違ってしまうことがある。

例えばもし僕らが足下も見えない程の霧の中で、限られた範囲内に無数に存在する山の中から一番高い山を探そうとする。

その時僕らが出来る事は、全ての方向へ1歩踏み出してみて一番勾配が高い方向へと進む事だ。

それを繰り返す事によっていずれ僕らはどの方向も下りの傾斜を持つ場所、つまりは山の頂上へとたどり着く。

しかしその山が本当に一番高いかは解らない。

もし山が二つしか無い状態で、山Bが山Aよりも高いとする。

1回目は山Aの麓からスタートし、山Aへと登って行く。

そして2回目はスタート地点を変更して山Bの麓からスタートし、山Bを登って行く。

どちらも同じプロセスを実行し、同じ条件の場所で止まった。

しかし高さは違う。

もしスタートポイントを大きく変えなければ、僕らは永遠と山Aを登り続けて一生より高い山Bへとたどり着けない。

つまり、コーナーソリューションにはまり込んでしまう。

僕らが考え事や悩み事をする時、僕らは自分の推察や仮説と(多分あるであろう)真実との誤差の最小化という最適化問題を解いている。

そして大体のケースに置いて僕らはコーナーソリューションへとはまり込んでしまう。

多分これがベストな選択肢なんだとか。

これが一番リスクが低そうだとか。

その解から一歩踏み出してみた所の状況の変化を見て、今のアイデアが一番正しいと推測する。

でも、本当に何かを知りたいとか推測したいと思ったのなら、しないと行けない事は考えるスタート地点を変える事だ。

でも考えるスタート地点を帰る事はとてもコストが高い。

今までのアイデアを1回放棄してみないと行けないし、その見返りとして必ずより誤差の少ないアイデアを得られるとは限らないからだ。

そしてその思考のプロセスは時間を取るので無料じゃない。

ただ、明らかに重要な(つまりは将来に置ける収益とか効用とかを左右する様な)決定をする時にはそのプロセスの為の時間に便益が発生する。

そして僕はこういったプロセスを安いコストで使える様になったら素晴らしいよねと思う。

ここではランダム化は上手い事動いてはくれない。
もし僕らが思考に割く時間をかなり持っているのであれば、ランダムでスタートポイントを選んで考え直す事を何回も繰り返すのは良い手だ。
遺伝的アルゴリズムなんかはこの手の手法を用いている。

しかし、現実には限られた時間内でより誤差を減らせる(高い所へ行ける)スタート地点を見つけなくてはならないので、時間は僕らの味方にはなってくれない。

一つ考えられる方法は、あり得そうな結論からスタートしてみる事だ。
つまり、麓から頂上を探すのではなくて、ちょっとした単純化の仮定を元に頂上を想定してみてそこから麓へと戻ってみるという方法だ。
もしその麓が状況としてアリ(麓の定義が曖昧なのは置いておいてだねw)なのであれば、そのアイデアは解として使えるでしょう。

このあり得そうな結論っていうのを考えるのにもコストが掛かりそうなのだけれども、ランダムで何回も繰り返すよりは遥かに安く済む。
そして、単純化する手順なんかに慣れればそのコストももっと安くなったりするんじゃないでしょうか?



まぁ経済学やってる奴がこういう事言い出すと大抵は、合理的な個人と完全競争を仮定しろって言う話になる訳ですよ。

大体経済学嫌いな人なんかはこの二つの仮定はあり得ないという話をするんですね。
ええ、ごもっとも。合理的な個人なんて恐らくいないでしょう。

でも、その仮定が真実とは違うと指し示せても、その仮定をベースとした分析ツールが全く使い物にはならないという結論には至れないんですよ。
さっきの話に乗っ取って、合理的な個人を想定して山の頂上を仮定して、そこから麓を見つけたとしましょう。

で、人間がちょっと非合理的な側面とかを持っていれば、頂上の場所も違っちゃう訳ですよね。
ここで問題なのは、仮定した頂上が本物と違うと言う事ではなくて、どんだけ離れちゃってるの?って事。
もしとんでもない距離離れていたら、経済学はもっと根本的な見直しを迫られるでしょう。

だけど実際には完全に合理的な仮定を置いても、そんなに酷く現実と乖離した結論なんかを出したりはしない。だから政策を組む時や企業の意思決定なんかに使われる訳で。
現実を100%説明出来る訳ではないでしょ?と言われればイエスなのだけれども、それでもやっぱりツールとしては使えるから問題ないでしょ?というのが言いたい事です。


うん、ずれたなw
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運を良くする。。。 [世間話]

って書くとなんか自己啓発本みたいっすね。

僕はとても運が良いです。もーなんか笑っちゃうくらい運が良いです。

運が良い事に何でなのかな?と考える事は無意味なんでしょうか?


そんな事を思う訳です。

運がブラウン運動だとすれば、平均が0のある決まった標準偏差を持った確率変数になります。
まぁ普通に正規分布を想定しましょう。

運が良いと言う状態を「平均から正の方へ一定以上乖離した値が出やすい」と、捉えてみましょう。平均近くの値はあまりにも小さな誤差でしかないのであまり実生活に影響がありません。(例えば10円ひろった程度の話とかは長期で見た場合に人生にあんまり影響が無い)しかし、ある程度以上乖離している事象は長期にわたって影響を与えると考えられます。(10万円くらいだったらある程度の影響はある。100万円ならもっと。)
割引率なんかを使えばもう少し面白い議論が出来そうですがちょっと今回はパスです。ただ、基本的なアイデアは確率に時系列は関係ないのだけれども、確率で発生した事象の結果は時系列によって価値が変わってしまうというものです。

まとめれば、確率的要素で正の影響が大きく残りやすい場合に「運がいい」と呼ぶと。

平均が既に決まっているので、考えるべき事はどんな形の分布か?という事とその分布はどんな仮定の下に作れるのか?という事です。
一番簡単に考えられるのはfat tailでしょう。t分布なんかを想定してくれれば良いかと思います。
つまり、正規分布に比べて平均近くの確率頻度が低く、両端が少し高めになっている分布です。
この分布では、平均以上以下で左右対称な分布をしていて標準偏差が大きくなっています。つまり、良い事が起きやすくなった代わりに悪い事も起きやすくなっている訳です。

明日いきなり大金をひろう確率も高いけれども破産する確率も高い。この人は運が良いのでしょうか?
う〜ん。どーだろw
多分違うんじゃないですかねぇ?

この定義の何処が駄目なの?というと、それは平均より低い部分でしょう。ここが変わって、100円落とす確率は異常に高いけれども、10万円ひろう確率もそこそこあるよ、という様な感じになればいい感じなんじゃないでしょう?
つまり平均より低い部分の分布が狭ければ、長期で見た時の影響は少なくなると。
そしてそれは、分布の頭の部分が左に偏っているような分布と言えます。


取り敢えず2分ぐらい考えてみたけれども、これと言って問題ない気がする。
じゃぁこういう分布を作ろうとしたらどーすれば良いんだろうね?
まずは標準偏差を高めに設定しないと行けないよね。
これはどーだろ?色々やってみるとって話に該当するんじゃないかな?違う?俺もちょっと無理がある気がしてるw

平均以下の分布を狭めるには?
これは小さいミスを防ぐ配慮を減らして、その分を最悪の事態を起こさない様な注意喚起へ投入するとかで出来ちゃうんじゃないかなと。
小さいミスの長期的効果がかなり小さいと言う前提を受け入れるのなら、投資問題としてもこの解はベターだと思う。

えー眠いからもう結論。
小さいミスは気にせず、その分大きなミスに気を掛ける様にしましょう。あとはなるべく行動範囲を広げましょう。。。。やっぱ自己啓発になってしまったw
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